御社殿前を過ぎ境内西側奥にある「神座」は、天孫降臨として知られる天照皇大御神の孫にあたる瓊々杵尊(ニニギノミコト)が当地を遊幸された折、お立ちになって絶景の大海原を眺望されたと伝えられる岩です。

この「神座」は周囲30m高さ4mの巨石ですが、なんとこれも「さざれ石」なのです。君が代の「苔のむすまで」という歌詞そのままに岩肌全体が苔むし、その割れ目にはこの岩を愛でるかのように黒松と浜姫榊(ハマヒサカキ)が対峙しており、長い年月をかけてできた大自然のいとなみに感嘆せずにはおれません。
海側よりみる
神座より見た境内
海を眺める


拡大図

大御神社周辺の「さざれ石」 (学名 庵川礫岩)


国歌「君が代」に「さざれ石の巌となりて」とあります。さざれ石(細石)が大きくなって巌(岩)になる、というのは非科学的だと批判する人もいますが、そうではありません。神座、境内西側(通称ボウズ山)の岩肌、見下ろす海岸の岩群、そして塩見川河口(ウドノセ)に至るまでの周辺一帯は大規模な「さざれ石」群なのです。

今から約2000万年前、この辺りは広範囲にわたり浅い海岸平野で、大陸から流れる大量の礫(石ころ)が、その河口附近にたまって、粘土・砂などにまじり、長い年月の間に大きな固まりとなりました。これが神社周辺の「さざれ石」です。
その後、尾鈴山の火山活動により海から陸の方へ火砕流がながれ、礫岩層の上を覆うと同時に堆積しました。これを柱状節理(溶結凝灰岩)といいます。

神座附近の海岸では、火砕流と礫岩の境、さらに火砕流が礫岩を巻き込んだものと混在したところも見られます。

はるか悠久の歴史に思いをはせつつ、すさまじい地球のエネルギーをご覧下さい。


※礫岩(レキガン)
堆積岩の1つ。円形の礫が水底などに堆積して、粘土、砂などに膠着・固結したもの。子持岩。蛮石。小石が水底につもり、粘土・砂などにまじってかたまった水成岩。
本殿裏の柱状節理
通称:ボウズ山
ボウズ山岩肌
ボウズ山を見上げる
国歌「君が代」に2番があることをご存知ですか?

明治14年小学校唱歌集初編に掲載。

1番前半は古今集巻七・賀唄(儀式の席で詠われるめでたい唄)中の唄より。詠み人知らずというのが一般的だが、岐阜県春日村に伝わる伝承によれば、藤原朝臣石位左衛門(平安時代)という歌詠みが詠ったとの説もある。2番前半は源頼政(1104〜1180:平安時代の武将)の和歌と言われる。

1,2番の後半は東京師範学校教員で、小学唄歌集の編纂に関わった稲垣千頴(いながきせんえい)の創作。

2番に「千尋の底の さざれ石の 鵜のいる磯と 現るるまで」とあります。「ふかい深い水底に長い年月をかけて溜まるさざれ石が、つもり積もって大きな岩となり水面から現れ、やがて水辺に遊ぶ鵜の鳥のすむところ(海岸)となるように」と解したらよいのでしょうか。

まるで大御神社周辺を眺めながらその情景を詠ったようで実に驚きです。

日向の国 虎屋より、さざれ石を模した洋風和菓子「日向のさざれ石」が製作・発売されました。その「日向のさざれ石」紹介のページでも大御神社のさざれ石が紹介されています。